偶然に発生する事故によって生じる財産上の損失に備えて、多数の者が金銭を出し合い、その資金によって事故が発生した者に金銭を給付する制度のこと。日本における保険について紹介します。
保険は、確率論の基本法則である大数の法則の考え方に基づく仕組み。大数の法則は18世紀に確立された定理ですが、保険の萌芽は、古代ローマにおけるコレギウム(同業者葬儀組合、ラテン語:collegium)や中世・近世ヨーロッパにおけるギルド(商工業者の職種ごとの団体、英語:guild)などにみられます。その後、資本蓄積が進んだ貿易業者の間で金融取引の高度化が進み、14世紀後半のイタリア諸都市において行われた海上保険で、今日の保険契約とほぼ同じ仕組みが整いました。
日本にも、古くから社倉・義倉、頼母子講(たのもしこう)、抛銀 (なげがね、投銀)、海上請負など、保険に類似した仕組みはありました。しかし、今日の保険は、明治維新のときに欧米の保険制度を導入して始まったものです。1859年(安政6年)には、開港したばかりの横浜で、外国人を対象に外国保険会社によって火災保険や海上保険の引き受けが始められました。
1867年(慶応3年)には、福澤諭吉が『西洋旅案内』の附録の中で、「災難請合の事 イシュアランス」として「生涯請合」(生命保険)、「火災請合」(火災保険)、「海上請合」(海上保険)の仕組みを広く紹介しました。また、夏目漱石も保険制度の普及を著書にて薦めています。1879年(明治12年)には東京海上保険会社(現、東京海上日動火災保険株式会社)が、1881年(明治14年)には明治生命保険会社(現、明治安田生命保険相互会社)が創立され、本格的に保険が行われるようになりました。
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